葬儀・・・ 前回続きでお許しを・・・

 
    またまたわたしの忘備録ですが・・・

    前回のブログを書いた日、仕事帰りに娘と一緒にさっこちゃんの自宅へ。。。

    娘は5歳~6歳までさっこちゃんの自宅のレッスン場でジャズダンスを習っていた
   けど、例の如く(水泳・ピアノ・個人塾)何の成果も出ずそこでは壁の[#IMAGE|S56#]になっていたものだ[#IMAGE|S41#]

   行く時「あら?ここを曲がるんだっけなぁ?」に「そこを右に曲がって次を左だよ!」
     (アホなくせによく16年も前のこと、よく覚えてるもんだw)

   自宅前には恐ろしい程の駐禁の車・・・ 仕方ないのでわたしもそうした。。。

   黒スーツの学生が殆どでみんな声をあげて泣いていた。。。

   ゆっこちゃん(その姉)の姿が見えないので2階へ行こうとしたら男性がいたので・・・
   「ゆうこさんはいる?」
   「上にいますよ」
   「アナタ誰だっけ?」
   「喪主です」
   「あぁ、ケンちゃんね!」 ってアホな会話の後で2階へ招かれ暫く1階の
   人が途絶えるのを待ったけど、どれ程待ってもどんどん来る学生たち。。。

    慕われてたんだろうなぁ・・・と思った。。。

    死に際の話や色んな事聞いてから・・・ムリに間に入ってお参りさせてもらった。。。

    あまりの痩せこけた顔に一瞬戸惑ったけど、鼻の高さは際立って
   死んじゃうなら半分貰いたかった・・・とかアホな事は考えてません。。。

    母が午前中に親戚と行ってるハズだったがわたしは帰っても会話が面倒
   なので行った事も未だ伝えていないのだw

    その夜、面倒な奴から近場で呑みの誘いが来て、
   「これシカトしちゃおうかなぁ・・・ でも社販でお世話になってるかなぁ」
   この独り言に 「お世話になってるならシカトは失礼なんじゃないの?」
   珍しくまともな事を娘が言うから結局 断れずに行き・・・

    そのわりには話が弾み朝まで呑んでしまった。。。

    翌日は最初からまたクーポンで予約してたので呑みに・・・ww
   アパートに泊まって早めに帰ってお通夜へ。。。

    その間の母のウザさの話は娘から連絡が入ってたけどあり得なかった。。。
   お通夜の晩 泊まれるのか?って話だったからOKだよ!と言うと
   「もう良いわ!」とキレてたらしくww



      祭壇は普通の感じではなくすべてが花だった。。。
     これはお通夜もすべて終わった後だけど祭壇の前の椅子は
     祭壇に向かって『よさこいソーラン』を踊る時に親類が客席
     になった為、後に椅子をこうした訳です。。。

      
    お通夜は会社の会長の時にも物凄い人数で花輪の数にもビックリしたけど
   今回はそれ以上だったかも知れない。。。

    母の花輪なんて親類なのにホールの外だったww

    わたしはやっぱり踊りも好きだし『よさこい』にも毎年「出たい!」と
   騒いでる女だったので(お金と年齢の問題で出た事はないのw)
   このコンクールでいつも上位のグループが間近に見られて
   とっても嬉しかったけど母くらいの年齢だと「何なの?」だった。。。



      コカコーラ&国際大学 チーム。。。



      粋・北海学園大学 チーム。。。
    
      このホールの後ろにもモニターで写る斎場 更にこんな上の階にも・・・




    「先生! これから最後の踊りを・・・今までありがとうございました」

     みんな・・・泣きながら踊ってたのを見て初めてわたしも泣けた。。。

   


   わたしは全く知らない人だけど このブログを見ても彼女の人柄が見える。。。


    今日の告別式も親類以外も声をあげて泣いてた。。。
   スタジオのスタッフ(特にわたしと一緒に生徒だった頃からいる人たち)は
   恐らく彼女の家族より一緒に居た時間が長かったんだと思う。。。

    葬儀場を出る前は彼女が立ち上げた劇団の人が泣きながら歌って
   送ってた。。。

      

    骨になっても立派だった。。。(わたしと同じで骨太だったしなぁ)

    彼女の息子3人も号泣してたし・・・
   わたしには真似出来ない彼女なりの素晴らしい人生だったんだろうと・・・

    ただ残念だったのは癌ではあったけど本人はまだまだ生きる気でいたので   スタジオの今後も何も意思を残してないらしい。。。

    『みんなありがとう 楽しく生きれたよ・・・』って殴り書きだけあった。。。 

   いつも親類の祭事は母が遮って出してくれないけど今回は、お別れ
   出来て良かった。。。

   わたしにこの歳まで踊りたい気持ちを残してくれたのもさっこちゃんだもん
   嫌いだったけど『ありがとう[#IMAGE|S53#]』 だね・・・



        
 応援しています!宝島社チャリティ本「レシピブログ少ない電力&火力でおいしくつくる」応援しています!
宝島社チャリティ本「レシピブログ少ない電力&火力でおいしくつくる」





     ☆★ ご訪問下さった方 本当にありがとうございます   恥ずかしながら参加ちぅ よろしくです ★☆

にほんブログ村 料理ブログ おつまみへ
にほんブログ村

にほんブログ村 インテリアブログ 自分流インテリアへ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 料理写真へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

No title

本当にステキな先生だったんだねぇ
若い人達にこれほど慕われるって、言う事ないですよ 多分....

padmeさんも 出席出来て よかったね。
やはり 最後のお見送りができるかできないかじゃ
気持ちが違う気がするもん。

No title

padmeさんへ
こんばんは☆
 『みんなありがとう 楽しく生きれたよ・・・』って殴り書きだけあった。。。 
これだけで。。。。全く見ず知らないワタシですが
ココロに、響く言葉です。

娘さんと、一緒に旅立ちのお見送りできたこと。。。良かったですね。
きっと、まだその会場で、みなさんの踊りも、笑顔で見守ってくれてたのかなぁ~と?

No title

○padmeさん。
いやあ~、びっくりです。
ほんとに地元の著名人だったんですね。
すごいです。
それほど多くの人に感動を分けてこられてたってことは、十分すごい人生だったんだろうなあ~って想像できます。

でも、いつも思うのはいくら死んでから盛大な葬儀をしても、本人のためじゃなくて、遺族の(慰めや見栄の)ためにしかならないんなら、やっぱりそのひとが生きている時に、いかに関わって、声をかけ、語り、意思を伝え合えるかってことに尽きると思いますよ。

どんなにきれいごとをいってみても、そこに残っているのは単なる残骸であって、自分や取り残されたひとの慰みのために葬儀がなされてるんだって感じてしまいます。

伊丹十三の『葬式』ってコミカルな映画ありましたよね。

すんません。 ちょっと、変なコメントになって。

☆最後が『ありがとう♬』ってコメになっていたので安心しました。
お疲れさまでした、padmeさん。
tec.

No title

☆ユミさん

リコメ遅くて <m(__)m>
そうなんです!
結局は今回は私も彼女のスタジオ手伝ってたのもあって「行かなくて良い!」とは言わなかったけど、行って正解だし感激しました。。。

ただ・・・親戚の前でまた余計な事言ってウザかったけどねw

たいした人だったんだなぁって思いました (^^♪

No title

☆mimiさん

娘は金曜夜に遺体のそばから離れてすぐ居なくなった感じだったけどねw

私は行って良かった!

踊りの代表はみんなねぇ・・・遺影に向かって挨拶するんだけど泣きながらで「泣いてたらまた先生に怒られますよね!」とか「こんな事話してたらまた怒られますよね」とかって言ってたから怖かったんだろうと。。。w (私と同じだ!ってねw)

その走り書きも葬儀にも飾ってあったけど、字がまた上手いのがムカつくんだよねwww

No title

☆tecさん

確かに葬儀に関してはそうですよね。。。

ウチの父なんかも結構な人だったと私は思ってたしもう引退はしてたようなものだけど「社葬?」とも思ってたのに母が「内輪だけで・・・」って言い張るから小さいのにしたら寂し過ぎるような気がしたものです。。。(母の時はしないくても良いけどw)

この彼女の場合はとにかく振付してた生徒が1つの学校だけで「100人」って言って来たらしいので、会場を考えて大きくなったみたいだけど花輪の数を見たら驚きました ^_^;

私が未だに彼女に内緒にして他の所でジャズダンス習ってるのが申し訳なく思って、今日 葬儀後初めてダンスに行きなんか考えちゃったりねww